Black Rain City

December 30, 2021

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かつて煙突の煙が水分に付着して黒い雨が降ったといわれている大工業都市、北九州。
しかし鉄の衰退によって工場は次々と閉鎖されて、働き場を失った若者たちは街を出ていき、過去に百万都市と呼ばれていた活気は、今では街を歩いていてもほとんど感じることはできない。

僕は40年前にこの街で生まれた。
といっても3歳になる頃には父親の転勤で一度街を出ているので、当時の華やかだった街の姿は朧げだ。
それでも祖父母が住んでいたので、夏休みの時期には帰ってきて毎年3週間はこの街で過ごした。
鮮明に覚えているのは黒崎という街に路面電車が通っていて、デパートには美しいエレベーターガール、大きなロイヤルホスト、たくさんの単館系映画館、そしてそれぞれが何かを求めてごった返す人の波。

高校を卒業して19になる頃、再びこの街に住むことになって目にした街は一変していた。
黒崎だけではない。戸畑や門司という主要都市はこの時から既に崩れていく気配があった。かろうじて小倉はまだ生きていて、多感だった時期にこの街で多くの人と出会い、多くの文化を吸収することができたのは幸運だったと思う。

それでもそこからの数年で瞬きをする間に小倉の街も崩れていった。
それは全国における工業の重要性の低下の他にも、ショッピングモールやチェーン店の進出という時代の波も大きいだろうと思う。
当時の地方都市はほとんどがどこも同じ理由で街の独自性が失われていって、今では違う街にいても見える景色は同じ、大きなショッピングモールとなんとも薄っぺらいデザインのチェーン店の看板ばかりだ。
僕はやり場のない怒りとうんざりした気持ちになり、当時ほとんど仕事の当てもないにも関わらず漫然と東京へと逃げ出すことになる。

久しぶりに帰省して北九州の街を改めて見て回ると、やはり同じような状況に陥っているのがわかる。
実家の目の前にあるスペースワールドは取り壊されてなにやら大きなアウトレットモールが作られようとしている。もうこの大きな時代の波は止まらないだろう。

しかし。
改めて写真を撮る目で街の細部を注意深く観察してみると、至るところに光の欠片が息を殺して潜んでいることに気がついた。
その理由はよくわからない。歴史の長さからくるのか、かつての特殊な環境下が生み出したものからなのか、それともただ個人的な思いからくるものなのか。

言葉では説明できないが、はっきりと皮膚感覚で伝わってくる。なによりこの街で写真を撮りたいと思った気持ちがそれを証明している。

近いうちにまたあの街に帰って写真を撮ろうと思う。過去のものとして記録するのではなく、あの街はまだ今も生きているということを、写真を撮ることで証明したい。

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